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スワードへ

 ホープでゆっくりした後、南へ南へ、アンカレッジから200kmあまり、スワード Seward を目指します。


Seward.jpg
                            人と魚と様々な物資の出入りす る港街です。

 アラスカはアメリカによって1867年にロシアから購入され、20世紀半ばになってから州になりました。

 当時は馬鹿げた買い物だと非難はされたそうですが、その後石油を初めとする豊富な天然資源が埋蔵されていることが分かります。
 購入の立役者・国務長官のWilliam Sewardにちなんで名付けられたのがこの街です。

 この港からは観光船が出ていて、ディナーをしながらの、キナイフィヨルドと氷河や海の野生動物の観察に行くことが出来ます。
 夏至の頃、夜中の12時に、ようやく暮れなずむ山々を背景に灯りが目立ち始める港に、クルーズを終えて帰り着くのは、何とも不思議な、そして素晴らしい経験でした。

 ちょっと分かりずらいですが、群れて生活する野生のラッコです。20頭くらいいたかしら。
  ラッコ.jpg
  この他に、トドと、白頭鷲やパフィンやその他の海鳥をたくさん見ました。


 本土からやって来てこの地に住み着いてしまった家具デザイナー、KenのB&B。右が母屋、左は一階がアトリエ、二階がロフト付きの客室です。KenB&B.jpg


 後ろの森に小さい坊やのためにken パパが作ったtree houseがあって、私たちもお呼ばれしました。
treeHouse.jpg 


 朝の散歩にもご一緒させて頂きました。
W Ken.jpg


  こちらも別の時にスワードで泊まったB&Bです。農家ではありませんが、庭で馬2頭とうさぎと犬を飼っていました。
6mile.jpg


 中は大変居心地の良いリビングルームとベッドルーム。
 客室は2つですから、私たち5人でいっぱいでした。
6LR.jpg


 こちらもこの辺りで泊まったB&Bです。
 一階が家族のキッチンとリビングルームで、二階の子供部屋をシーズン中だけお客に貸していました。
Sandy.jpg


 この家族の4人の子供たちが父にとてもなつくので、父はすっかり好々爺です。
LOLO.jpg


 奥さんのSandyが朝から用事で出かけなければならなくなったと言うので、私が4人の子供たちと私たちの朝食を作って食べさせ、まるでこの家の主婦になったようでした。
 Sandyの帰宅後には、同じくらいの子供のいるご近所のお宅へ娘も連れて行ってくださり、日本ではまだ珍しかった子供トランポリンをして遊びました。そして夜は、奥さんが讃美歌を一曲だけ日本語で歌えると言うので一緒に歌い、本当に思い出に残る滞在でした。ご主人が出張中でお目にかかれなかったのが残念です。


Sandy と子供たち
3ch.jpg


 娘は子供たちが学校で作った工作やカードや小さな羊のおもちゃやら、「宝物」をたくさん頂きました。
これらは16年前の写真ですから、子供たちもすっかり美男美女の若者になっていることでしょう。


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