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ホープへ

 

アンカレッジの街のお話は後回しにして、 キナイ半島のドライブへ出発します。


Kenai.jpg


 最初の時は、漠然とスィワードSewardとホーマーHomer辺りに行こうと出発しましたが、途中のジャンクションで道を間違えて、ホープHopeにたどり着きました。
 偶然たどり着いたこの村に、私はその後毎回ち寄ることになるのです。
 ターナガン入り江を挟んでアンカレッジの対岸、陸路140km。人口130人ほどの小さな村ですが、19世紀末にはゴールドラッシュで大いに賑わった土地です。



 ロッジ、食堂、ギフトショップが2~3軒、町会会館(?)、学校、郵便局。それに海岸には崩れかけた廃屋が数軒。殆ど人影もない寂れた村です。
 私たちは、ゴールドラッシュ時代のような食堂、Discovery Cafeに入りました。


 経営者のティトさんは、ハワイから移住して来た日系三世のおじさんです。


 彼は初対面の私たちを、まるで、何十年振りかで帰ってきた弟と妹を迎えるかの様に迎えて下さいました。
 ランチの代金をとってくださらないし、カフェで売っているお土産をあれもこれもと持たせて下さるし、日本に持ち帰れる様にと、アンカレッジのお知り合いに冷凍キングサーモンを手配してくださるし、そして村中を案内して下さりながら話しが尽きません。コールドラッシュ時代のこと、今も砂金が取れること、村のこと、その辺りの樹木のこと、そして戦中戦後の大変なご苦労のこと…


 この小さな村でティトさんは村人たちから最も頼られ、敬愛される人物であり、彼のカフェは皆の生活の中心であることが、店の従業員や常連客の様子から窺えました。


        005.jpg
              ティトと従業員、常連客と共に古い食堂で。


       food (2).jpg
            サンドイッチに巨大なオニオンリンリング。


 彼に会いに三回目に立ち寄った時、西部劇の様な味のある古い食堂はなくなり、こざっぱりした新しい建物に変わっていたのです。その訳は、


 ある晩彼の店が火事になり、全焼してしまったのです。
放心状態の彼を横目に、村人たちは、お金を集めて立派なカフェを新築し、そっくり彼にプレゼントしたのです。
 それが今の建物です。

004.jpg
     新築のDiscovery Cafe


 日本に一度も行ったことがなく、日本語も幾つかの単語しか知らない彼が、日本人の血を引くが故に歴史に翻弄され、そしてたどり着いたこの遥か北の小さな村。土地の人々から慕われ、安住の地を得たのでしょうね、きっと。


003.jpg  町会会館


giftshop.jpg ギフトショップ


黄色い花.jpg 海岸の廃屋


 ティトさんは、今もお元気でいらっしゃるかしら。


 


 


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タルキトナへ


 7時間の汽車の旅なんてうんざりと言う方は、デナリへの登山口の村、
タルキトナTalkitna へいらしてはいかがでしょう。ここまでなら3~4時間です。

 駅周辺にだけ、花で飾られたログキャビンが立ち並ぶ、綺麗な小さな村です。
 しかしここが北米最高峰デナリ山(マッキンリー山)への登山口ですから、世界中の有名無名の登山家がやって来るのです。


    あの上村直己さんもここから出発して単独登頂に成功し
   ました。
残念な事に、その帰途に消息をたたれましたが。
    そうそう、その時日本を出発なさった便に私は乗務して
   おり、
たまたま上村さんがお座りの辺りの担当でした。
    物静かな中に、大変温かいお人柄を感じました。


 タルキトナから、登山家でなくても、ヘリコプターやセスナでデナリ山のそばまで行けます。そして、お天気が良ければ氷河の上に降り立つこともできます。お天気が悪く降り立つことができなかった時には、半分ぐらいの料金を返してくれます。


   セスナ氷河.JPG
氷河の形や大きさは千差万別ですが、これもその一つです


 このセスナはエアータクシーなどと呼ばれていて、運行している会社が各都市周辺にたくさんあり、観光フライトばかりでなく、交通手段としてチャーターできます。
 パイロットごと飛行機を一機をチャーターするなんて、豪勢でしょう?
ところが移動に使う場合、5・6人で割れば同じ距離を鉄道で行くの大して変わらない金額だったように思います。


 アラスカは広大な土地に家がまばらにしかないので、大都市の外ではハイウエー以外に道路網が発達していません。道がないし海や川は凍るのですから、これらの家には空からでなければ行くことができないのです。
 お陰で私たち旅行者もこの足を、大いに利用させていただけるのです。


 と言うわけで、アンカレッジへの帰りは、いつもセスナでした。


 7時間の汽車の旅も魅力的ですが、この1時間半のフライトは素晴らしい! 実際、私は、セスナより楽しい乗り物に未だ嘗て乗った事がないと断言します。
 小さいヘリコプターはプロペラがパタパタとうるさいし、小刻みな振動が煩わしい。それに比べてセスナは振動は少ないし、音はしますが煩わしい種類の音ではありません。 
 ジェット機より遥かに低く飛びますから地上がよく見えますし、窓を開けたまま素肌で空を感じながら飛べるのです。


 
    セスナ.JPG
      前回の時のパイロットと偶然飛行場で出会ったのですが、
      あちらも私たちを覚えていて下さいました。


         操縦席.JPG
           パイロットの隣の席でご満悦の父


 


 ツンドラ.JPG
デナリからアンカレッジまで飛ぶと、樹木の様態が変わるので
どこまでがツンドラかはっきりと分かります。


 セスナより.JPG
       地上にムースなどがいれば、肉眼でも見える高度です。


 この様に南下してアンカレッジへ戻り1~2泊します。


 次回はもっと南、キナイ半島へのドライブにお誘い致しましょう。


 


 


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デナリ国立公園では

 デナリでは広大な公園の自然動植物や地形を、丸一日かけて観察するバスツアーに参加しました。
 大自然の中にいるキツネ、トナカイかムースのような動物、何種類かのクマ、ライチョウを見ました。
 七色の地層が遥か彼方まで重なる、巨大な屏風の様なクレーター。刻々と光が変化して行くデナリの山。どれも生涯初めて目にする光景でした。


 地形学、地質学、生物学の用語のちりばめられた英語の説明は、あまりよく分からなかったのですが、天地創造の太初はかくや、と思わされる光景をしっかりと胸に焼き付けて来ました。


 ところで、公園の中は車ばかりでなく、徒歩や自転車でも入ることが許されていません。一台のバスがひたすら静かに静かに進み、止まる時には必ずエンジンを切ります。
 要するに、自然界にない音も光も物体も、徹底して制限されているのです。
 ですから、レストランもお店も勿論なく、ヒトの食料はボックスランチと温かいコーヒーが、私たちのバスでたっぷりと運ばれます。 


 この広大な公園の外には更に広大な自然が広がっています。こちらでは自由にアウトドアの活動を楽しむことが出来ます。但し、キャンプサイトにはしっかりと留め金の付いた頑丈な金庫のような箱があり、野外で食べたものの残りかすは必ずこの中に捨てなければならないのです。放置すれば意図せずとも野生動物を餌付けすることになり、自然の生態系を崩します。人間にとって危険なことにもなるからです。 


 私たちは一度も登山はしませんでしたが、ヘリコプターで氷河の上に降り立ちました。


  ラフトボート.JPG
 ラフトでの渓流くだりでは、大人ばかりキャーキャー喜ぶ(怖がる?)ので、4歳の娘(中央)はうんざり顔です。この時は本気で救命胴衣の必要な、かなり激しいラフティングでした。


  ラフト.JPG
 大きくなった娘はこの通り(左から二人目)ニコニコ顔です。 
 河川野生動植物探検隊みたいでしょう。


 この後私たちは、数日前に7時間かけて汽車で来た道を、今度はセスナ機をチャーターして1時間半でアンカレッジに帰りました。


 ここまでが三回のアラスカの旅の中で最もアウトドアーっぽい部分です。


    ・・・綺麗に撮れている写真は、全て夫の作品です・・・


           


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デナリ国立公園へ

3 Denale1.jpg アラスカの旅、まずアンカレジから北へと向かいましょう


 北米大陸の最高峰デナリ山(マッキンレー6190m余り)を取り巻くデナリ国立公園まで380km余り(東京ー大阪ほど)を、展望車付きのアラスカ鉄道で7時間 かけて行きます。









    アラスカ鉄道でもらった路線図⇒

 

4-2 Denali2.jpg
緑の中を行く黄色い車体、とても良い姿です。
 

 冬は週一便になってしまうこの路線ですが、夏の間は毎日運行されています。


   9 Talkitna 5.jpg


 ずっと緑の原野と豊かな森が続きますが、途中から背の低い針葉樹が点在するようになります。永久凍土ーツンドラ地帯に入ったのです。
 相変わらず緑一色ですが、違いがはっきりわかります。


 夏には地表は融けるので植物が生えるのですが、その下が通年凍っているので深く根が張れずに、大きくなれないのです。
                          ツンドラ地帯
8 Talkitna 4.jpg


太陽の様にまん丸顔の車掌さん、
娘をとても可愛がってくれました。


4-4 Denal 4.jpg


 車掌が絶えず車内を巡回していて、色々な案内や説明をしてくれます。



 窓からたまにムース(ヘラジカ)が見えることがありますが、最初に見つけた人が
「居たぞ、居たぞ!」とみんなに知らせると、その乗客にはチョコレートムースが振舞
われるのです。


 私も見つけたのですが、もう先に誰かが叫んでいて、チョコレートムースは取り逃がしました!   


 ちなみに、静かに座席に座っている人はほとんどいません。皆入れ替わり立ち代わり展望車へ行ったり、窓に張り付いたり、食堂車へ行ったり・・ 
 大の大人が遠足の小学生みたいでした。まあ、私たちも人の事は言えませんが・・・


 夏はデナリまで車で行くことも出来ますが、国立公園の中は自然保護の観点から、一般車両は入れません。公園のバスツアーに参加する以外にないのです。 
    

        4-3 Denali 3.jpg  
                       白いリネンがかかった食堂車

写真は最初の時に夫が写したものですが、緑の二つは帰りのセスナで空からのものです。

温暖化が更に激しく進んだ今、もうこのあたりはツンドラ地帯ではなくなったのかしら・・・    


 


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いよいよアラスカへ

☆ 以前に連載しておりました記事の中で、「アラスカ夏紀行」を
このブログ「Lilac Days in Alaska」 
復活させて参ります。古い記事で恐縮ですが、
どうぞ宜しくお願い致します。
☆ Lilac Days 世界は私の学校
「あるスチュワーデスの思い出シリーズ」 はこちらから⇒⇒


 アラスカ州は、アメリカ合衆国最大の州です。
 面積は日本全体の約4.5倍で、そこに約71万(2010年。岡山市の人口よりさらに少ない)の人々が住んでします。
 州都はジュノーですが人口最大の都市はアンカレッジでその都市圏に州の人口の半数以上が暮らしています。それ以外の都市は全て10万人以下です。
そしてこれらの中でも大きな都市が集中しているのが、私たちが訪ねた比較的温暖な中南アラスカです。

 日本から直行便があればハワイより短時間で行けますが、残念ながら定期便ではアメリカ本土か韓国を経由しなければ行く事が出来ません。


 アラスカといえば、氷原の上に輝くオーロラ、雪の上を走る犬ぞり、アザラシの毛皮のコートを着た先住民族などを想像なさる方が多いかも知れませんね。
 それもアラスカですが、
でも、5月ともなれば、文字通り長く暗い冬から抜け出して、街にも野山にも、次から次へと様々な花が咲き競う季節がやって来るのです。
 そして夜の8時になっても、私たちの午後3時のように明るい太陽に、キラキラと新緑が輝く季節になるのです。
 中南アラスカとそれ以南の平地では、太陽の照る時間には、充分ノースリーブとショートパンツで過ごす事ができるのです。


 私たちは1992年の6月と8月、そして2001年の8月と、合計3回、各2週間前後の旅をしました。
 他にも一度計画したのですが、予定していたメンバーの一人が直前に病気になり、中止しました。


 一行の中で最も若かったのが一回目の時の娘4歳、最高齢は3回目の時に同行した叔父80歳。どの回も5人の家族や友人のグループで、全部に参加したのが娘と私です。


 このようなメンバーですので、決して登山や冒険目的の旅ではありません。ですから行った地域とコースは似通ったものでしたが、様々な人々と出会う事により、毎回違う体験をする旅でした。


行程は大体次のようなものです。
アラスカ部分.jpg


 アンカレッジから汽車で北上し、
 マッキンレー山を取り巻く
 デナリ国立公園へ。  
            
 再びアンカレッジへ戻り、 
 南下してキナイ半島ドライブ。
    ホープ
    スィワード
    キナイ
    ホーマーなどに寄り寄り
 船でソルドビアへ。

 ホーマーへ戻り、
 再び車でアンカレッジへ。


 これらの地域を、
    汽車
    レンタカー
    セスナ機
    ヘリコプター
    船、で旅し
    渓流下りのラフトや
    熱気球にまで乗りました。




                  
 


 宿泊は、アンカレッジだけ国際的な大ホテル、他は全て1~3室ほどの個人宅のB&Bです。
ローカルなB&Bの資料も集めていましたので、年寄りが一緒の時は日本から電話とファックスで(web以前の時代!)予約しましたが、それ以外は、ふらっと行って見て気に入った所に泊めていただきました。


 アンカレッジで大きなホテルに泊まった理由は、大都会なため良質なB&Bが少ない事と、空港への行き来が早朝なので個人のお宅では迷惑をかけるため、その他様々な利便性によるものです。


 旅のお土産は…  
骨董ともガラクタとも思えるものを扱う店があちらこちらにあり、そこで見つけた面白い生活用品、そして最初の時は、主人が釣り上げた巨大なキングサーモンを冷凍にしてもらったものなどです。 


 次回から、写真も入れて具体的な旅のお話しをさせてください。


 今日はこれにて[眠い(睡眠)] 


☆ 以前に連載しておりました記事の中で、「アラスカ夏紀行」を
このブログ「Lilac Days in Alaska」 
復活させて参ります。古い記事で恐縮ですが、
どうぞ宜しくお願い致します。
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「あるスチュワーデスの思い出シリーズ」 はこちらから⇒⇒



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アラスカへ

☆ 以前に連載しておりました記事の中で、「アラスカ夏紀行」を
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もとこ


 

 日本でアラスカが話題になることは多くはありませんね。 「ワシラWasilla」と言う地名をご存じの方はとても少ないのではないでしょうか。

 けれども今、この季節に、アンカレッジの北約70キロのワシラへのドライブがどんなに素晴らしいか、普通そんなこと考えませんよね。

そこで・・・


 あなたは今車の運転席にいます。

 空は雲ひとつなく透明に輝いて、正面遠くには 左から右へ 真っ白に雪を被った山脈が連なっています。
 今、あなたが時速120キロで走っているハイウエーは、多少上り坂で まっすぐに山に向かっています。行き交う車はたまにしかありません。 山脈の中腹より手前はあなたの目の前まで そして右も左も後ろも、すべて黄金一色です。

 どこまでも連なる 紅葉(黄葉?)した白樺林。 短い秋の ほんの一瞬の光景です。


 30代の私は、ちょうど9月の今頃、こんな道をWasillaへ向かっていました。 当時人口約5000人の大して特徴もない(失礼!)この土地に、何か用事があった訳ではないのですが、何人かの仲間と一緒に、アンカレッジから日帰りでどこかへ行こう、と言うことになったのです。 Wasillaでは、ちょっと馬に乗ったり、湖の畔を歩いたり、何の変哲もない田舎のカフェで食事するくらいなのですが、 このドライブが魅力でその後も何回か行きました。

 

Alaska U.S.A.
001-2.jpg
Anchorage [右斜め上]       [左斜め上] Wasilla





2 アラスカへ2.jpg



 今ではヨーロッパ行きも、ニューヨーク行きも直行便ばかりになってしまいましたが、以前はアンカレッジに給油に立ち寄るのが普通でしたから、お客様が乗り降りしなくても我々乗員は始終アンカレッジ泊の乗務があったのです。


 私はアウトドア志向ではないし、雄大な自然にあこがれて旅するタイプではないのですが、アラスカには強く惹かれます。その自然に、とい言うより、その自然の中に暮らす人々にでしょうか…

 勤務で滞在するたびに、いつか絶対に家族と休暇を過ごしに来ようと思っていました。

 そして結局、あわせて3回、家族や友人と行きました。 最初は娘が4歳だった頃、そして最後は80になんなんとする伯父まで一緒に。


 これから何回かに分けて、雪と氷の世界ではないアラスカ、花と緑と太陽の溢れるアラスカの思い出を綴ります。

 どうか宜しくお付き合いください。



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